ランチア・ストラトス【下野康史の旧車エッセイ】
自動車ライター下野康史の、懐かしの名車談。今回は「ランチア・ストラトス」。
イラスト=waruta
古今東西、いちばんカッコいいと思う自動車はランチア・ストラトスである。
このクルマをデザインしたのは、1960年代からランボルギーニやマセラティを手がけてきたカロッツェリア・ベルトーネ。実際に線を引いたのはマルチェロ・ガンディーニ。カウンタックも手がけたベルトーネ黄金期のチーフデザイナーだ。
「成層圏」という名にふさわしいこのカタチもスゴイが、中身もスゴイ。2座コクピットの背後に搭載されていたのは、フェラーリがディーノに使っていた2.4LV型6気筒である。
さらにきわめつけにスゴイのは、このクルマがラリーを戦うためにつくられたことである。ストラトスは73年にスタートしたWRC(世界ラリー選手権)グループAの参戦資格を得るホモロゲーションモデルだった。
アリバイとしての市販モデルは73年から生産が開始され、アリタリアカラーのワークスカーは、74年から3年連続でメーカーチャンピオンに輝いた。WRCといえば、やっぱりスバル・インプレッサや三菱のランエボが記憶に新しい、なんていう”現代人”からすると、半世紀近くも前にこんなスペースシップの如き車がラリーフィールドを駆けていたとは信じがたいだろう。ラリーにも夢があった時代を象徴するのがストラトスである。
80年代の後半、稀少な1台に箱根で試乗することができた。ディーノ246GT用のV6エンジンは190馬力。今にして思えば驚くようなハイパワーではないが、FRP製ボディの車重は980㎏に収まる。
とはいえ、虎の子のオーナーカーをワインディングロードで振り回すような真似はとてもできなかった。ボディ全幅は1750㎜あるのに、全長は3.7mそこそこ。今のヴィッツやマーチよりはるかに短い。ワイドで短いボディの縦横比はさすがラリー専用設計だが、アクセルワークで簡単に姿勢が変えられる敏感な操縦性は、一見さんには正直、おっかなかったのだ。
外側に大きく張り出したドアにはたっぷりした厚みがあり、ドアポケットにヘルメットが入れられるというウワサは本当だった。しかし、ドアの厚みに食われて、スチールモノコックに守られるキャビンの横幅は狭い。大の男ふたりがここに身を寄せ合い、過酷なスペシャルステージを戦う現役当時の苦労が偲ばれた。
フェラーリからのエンジン供給がなかなか計画どおりにいかなかったと伝えられるストラトスは、73年からの数年間に約500台が生産された(ということになっている)。数が減るばかりの絶版イタリアンスーパーカーを惜しんで、90年代に入ってからアルファロメオの3LV6や、ホンダ・レジェンドの2.7LV6を搭載するレプリカがヨーロッパで登場し、今も販売されている。
ディーノの2.4LV6は完調を保つのがむずかしいエンジンで、箱根で乗った時もなんとなくバラバラ言っていた記憶がある。ストラトスのクルマとしての魂がどこに存在するかといえば、それは間違いなくこのスタイリング、カッコだろう。だとすると、ストラトスはレプリカでもいいかなと思う。
文=下野康史 1955年生まれ。東京都出身。日本一難読苗字(?)の自動車ライター。自動車雑誌の編集者を経て88年からフリー。雑誌、単行本、WEBなどさまざまなメディアで執筆中。
(この記事はJAF Mate Neo 2015年12月号掲載「僕は車と生きてきた」を再構成したものです。記事内容は公開当時のものです)