【フリフリ人生相談】第412話「30代主婦の色気問題」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「30代主婦の色気問題」です。答えるのは、色気と言えばこの人、恵子です。
そもそも色気ってなに?
今回のお悩みは「女性の色気ってなんですか?」というタイトルがついた30代主婦からの投稿です。
「旦那に『お前は色気がない』と言われる30代の主婦です。いまさら旦那に色気を感じてもらいたいとは思いませんが、こんな自分でも色気を身につけることは可能でしょうか。ぜひ、色っぽい恵子さんに答えてもらいたいです」
恵子さん、ご指名です。
というわけで、恵子と会ったわけですが、彼女の前でこのお悩みを読みあげると、なんだか渋い顔になりました。
「どうして私なの?」
「そりゃあ、色気と言えば恵子さんでしょう?」
「それって松尾さんが勝手に言ってるだけじゃない? そういう決めつけって、なんだかちょっとハラスメントな感じがするんだけど……」
と、いまどきの会話らしい批判の登場です。
「まぁそう言われるんだろうとは思ってたんだよ」
私は正直に、恵子に会う前に考えていたことを話します。
「色っぽいとかセクシーとか、場合によっては『かわいいね』なんて言葉もいまはむずかしいよね。そこは自覚してるし否定もしない。だから、恵子のことを色っぽいなんて言うのはアウトっていうのもわかる。表現の自由だの言葉狩りだなんて非難するつもりもないんだけどね。ただ……」
と、ぼんやりと恵子を見ます。
「だとしたら、この主婦が色気がほしいっていうのは、どういう感覚なんだろうね……まずは、そこからなのかなぁって気もした」
「そこから? どういう意味?」
「かたや色っぽいって評されるのがハラスメントだって言う人もいるし、色気がほしいって悩んでいる人もいる。さて、色気ってなんだってことかもね」
「色気の定義ってこと?」
「うーん、そう、定義……っていうより、そもそも、どうして恵子は色っぽいって言われるのがハラスメントだと思う?」
「…………」
恵子は、ぼんやりと首を曲げて考えているように見えました。
「それはかんたん」
と、きっぱりと私を見ます。
「松尾さんから言われるからよ」
考えていたのではなく、言うのを躊躇しただけってことのようです。でも、はっきりと言ってくれちゃったってことですね。
色気は持って生まれたものか?
「なるほどね、それはわかりやすい」
私は深くうなずきました。
「相手によるってことだね。ってことは、恵子は旦那さんから言われるのはいいわけだ?」
「まぁそういうことよね」
「でも、この主婦は、旦那に色気を感じてもらいたいとは思わないって言ってるけど……」
「それは、売り言葉に買い言葉で、旦那さんにお前は色気がないなんて言われたからよ。でも、色気を身につけたいって思ってるわけでしょ。見返したいって気持ちなんじゃない?」
「なるほど……」
実は、私は今回のお悩みを読んで、最初に思い出したことがあるのです。
「ぼくの娘の、幼稚園時代からの友だちの話なんだけどね」
と、その話を恵子にすることにしました。
「その女の子は、幼稚園のころから、そりゃもう色っぽかったんだよ。娘が友だちたちと撮った写真を見せてもらったんだけど、思わずカミさんに、この子めちゃくちゃ色っぽいねって言ったくらい。カミさんも、そうなのよって、すごいでしょって、ママ友たちも話題にしてるらしいって」
「へえ」
「その友だちは、うちの娘とは高校はべつなんだけど、ずっと仲がよくてさ……大学時代もときどき会ってて……娘の結婚式にも出てくれてね」
「その色っぽい友だちも結婚はしてるの?」
「それがさ……就職のときに、あるベンチャー系の会社を受けたら、即採用になって、すぐに社長秘書やらされて、そのまま社長と結婚したんだよ」
「それは、すごい。狙ったわけじゃないんだろうけど、玉の輿」
「子どもがもう3人いてさ……きっと、芸能界でも銀座のホステスでも、どこでもやっていける色気の持ち主なんだろうけど、結局は、ひとりの男が持ってったわけだよね」
「持ってったって表現はどうかと思うけど」
「だから、つまりね……色気っていうのは、生まれつきのものなのかって話なんだけど」
「それは、あると思う」
恵子はくっきりと同意しました。
そして、しばらく考えてこう言ったのです。
「持って生まれた色気……あると思うけど、それを上手に生かせる子は、なかなかいないんじゃないかなぁ」
「生かせる?」
「そう……中学とか高校になって、そういう色気のせいで友だち関係がぎくしゃくするとか、道を踏み外すとか、さ……」
なにかを思い出しているような顔つきで、恵子は遠くを見ました。
「だから、娘さんの友だちは、ほんとにいい人生なんじゃないの?」
「確かに……ちょっと年の離れた旦那にめちゃくちゃかわいがられてるみたいだし……」
と、ふたりで、その瞬間、ある人物の顔を思い浮かべていました。
「由佳理だ」
私と恵子は、同じ名前を同時に口にしたのでした。
色気を身につける方法
「由佳理ちゃんもそうだけど……確かに持って生まれた才能っていうか、雰囲気は大切かもしれない」
と、恵子は言います。
「その持って生まれた色気のせいで、道を踏み外さない環境も大切」
同じことを、恵子はまた言いました。きっと特定の誰かを思い浮かべているのでしょうが、話がややこしいので、ここでは聞かないでおくことにします。
「ってことはさ、30代の主婦がいまから色気を身につけることは無理なのかな?」
「そんなことはないんじゃない?」
「方法はある、と?」
「方法っていうか……このお悩みの答えになってるかどうかわからないけど、色気はあとから身につくとは思う」
「ふむ、どうすればいい?」
「持って生まれた才能というか雰囲気みたいなものが色気の本質だとして、それをマネする、ってことじゃないの?」
「マネする?」
「日本語で色気っていうと、歌舞伎の女形とか思い出すじゃない? 日本舞踊の所作とか……あれは、色気をカタチとして表現してるわけだよね。日本の伝統芸能として磨かれて洗練されたカタチなのよ」
「…………」
「つまり、色気は、持って生まれたものだけじゃなくて、あとから身につくってことなんじゃない?」
「日本舞踊とかをやれば?」
「それもひとつの方法だし、フラメンコとかラテンダンスなんかも色っぽい……だから、ああいうのを習うとか」
「ふむ」
私はわかったようなわからないような顔つきで、恵子を見つめるしかありません。
「要は……」
と、恵子はまるで内心の決意を表明するような顔つきになりました。
「自分の色気を自覚するってことよ」
「は?」
「日本舞踊とかダンスとかって、いろんなものを表現するんだけど、色気に関して言うと内面の表現でしょ。内側に秘めた情っていうか、色っていうかさ。だから、まず基本的なことは、自分のなかにある色気を外に出す。そのためには、自分のなかにある色気を自覚する……そういうことじゃないかと思うんだけど……」
「…………」
自分のなかにある色気を自覚する……心のなかでその言葉を繰り返しながら、私は意味を理解しようとしました。
「男の色気も、そういうものじゃない?」
と、ふいに恵子が言います。
「ないものは出せないでしょ? でも、自分のなかにある色気みたいなものを自覚すると、仕草とかしゃべりかたとか、変わると思うんだけど……」
「うーん」
私は「色気」を意識して、恵子を見つめました。
「実におもしろい」
思いきり低い声で言ってみます。気持ちとしては福山雅治のモノマネですね。
「そうね」
恵子は、首をかしげて小さく笑いました。
「がんばって」
その表情がみょうに色っぽくて、私は戸惑うのでした。