【フリフリ人生相談】第411話「No.1ホステスの悩み」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「No.1ホステスの悩み」です。答えるのは、夜の街でブイブイ言わしてそうな天空です。
ホステスに相談されることは多い
今回はこんなお悩みがきました。
「夜の街で働いています。ホステスです。自分でかわいいとか魅力的だと思ったことはないのですが、それなりに一生懸命、働いてきました。おかげさまで、先月の売り上げがトップになりました。うれしい反面、このままでいいのかと悩んでいます。店の友人は『こんな仕事を長く続けるものではない』と言います。
セクハラは当たり前のオヤジたちを相手に、お金目当て、色がらみの夜の世界です。友人はいやいや働いているようですが、私は、案外、それらのことがきらいではないのです。そういう自分に『このままでいいのか?』と問いかける日々です。いろんなところが麻痺して、いやなことも楽しいと思えているだけかもしれません。こういうことを続けていて、いいのでしょうか?」
すごいところからお悩みが飛んできました。夜の街です。ホステスさんです。ナンバーワンになったのだからすごいじゃんと思うのですが、本人はそうでもないようです。こういうことを続けていていいのか、と——いやぁ稼げるうちに稼いでて、いいんじゃないですか? なんて気楽に思ってしまうのですが、どうなんでしょ?
今回は、そういうお店にもしっかりと通っていて、夜の街でブイブイ言わしてるであろう人物に聞いてみることにしました。天空です。
「ってかさ、そういうのが、大いなる誤解なんだよね」
と、本人は照れるでもなく肩をすくめます。
いやいや、土建屋の社長で、かつ、コスモスエネルギー協会なんていう怪しい団体をやってるんですよ。夜の街に繰り出さないで、どこに行くんですかって話ですよ。
「だからさ、それが松尾さんの勘違いなんだって……」
「じゃあ、そういうところに行ったことないんですか」
「いや、行ったことはあるよ。きのうも行ったし」
「でしょ?」
「おれの場合、遊びに行くっていうよりもさ、仕事なんだよね」
「って、そういうところに行ってるオジサンたちは、みんなそう言いますよ。つきあいだとか仕事だとか」
「まあねぇ。でもさ、ほんとに、おれの場合、ホステスさんから人生相談されることが多いのよ。つまり、客だよね、コスモスの。だから、昼間、事務所に来てもらうことも多いんだよ」
コスモスの客って……つまりは、コスモスエネルギー協会なるところに相談にやってくるわけです。宇宙人に会って手かざしで病気が治せるだのとペテンみたいなことをやってる天空と、ホステスさんとは親和性が高いってことかもしれません。
「まさに、今回のお悩みは天空さんにうってつけじゃないですか」
「って言うよりさ、こんなところで答えたくないよね。事務所に来てくれれば、それなりに料金も発生するわけでさ」
「セコいこと言っちゃダメですよ。ここでしっかり答えてくれれば、天空さんの評判もあがるってもんじゃないですか」
「うん、まあねぇ」
怪しいうえにセコい話になりかけて、ちょっとクラクラしてきました。
「あ、そうそう、ビールでも飲む?」
私の不愉快そうな顔に気づいたのか、天空はそう言って、缶ビールを取りに奥のキッチンに消えたのでした。
これは私の勝手なイメージかもしれませんが、ホステスさんって、みんな占いが好きなのではないでしょうか。夜の街で生きるってことは、なにかと悩みが多そうな気がします。まさに、そういう女性たちを前に、天空は怪しさ満点の人生相談を繰り広げているに違いない……なんてことを考えているうちに、天空が缶ビールを持って現れました。
大切なのは気づかい
「こういうふうに悩んでいる人、多いですよね」
ホステスさんに手かざししている天空を想像しながら、私は明るく言ってみます。
「まあねえ」
と、どしりとソファに沈みこんで、天空はプルリングを指先で引きました。
「ホステスは、いろんな悩みを抱えてるからね。そこにも書いてあるけど、まさに色と欲の世界だから。見かけは派手だけど、実は、ものすごく重労働だったりもするしさ」
「そういう話はよく聞きますよ」
「楽そうだからとか、すぐに稼げそうなんて気持ちで入ると、長続きしないみたいだね」
「見た目の派手さと、裏側のギャップがすごいってことですかね」
「裏側っていうけどさ……そんなにすごい裏があるってことでもないと思うんだよね」
「…………」
「どんな仕事でも大変っちゃあ、大変だよね。そりゃあ、アルコールも入るし色と欲がらみで金も飛びかうけど、仕事は仕事、職場は職場なわけだ。事務職とも違うし、ネットやらアプリやらのIT関係とも違うけど、水商売は水商売、長く続いてきたわけだから、秩序もあるしルールもある。だから、あまり特別なことって考えないで、ごくごく常識的なところが大切なんだね」
なんだか「中の人」みたいな言いかたです。もしかすると、彼は、クラブとかパブとかバーとか、なにかしらの水商売をやってるんじゃないでしょうか。
「天空さん、もしかして、どこかでお店やってるんじゃないですか。ホステスさんを雇って」
「まぁ、そういうこともあったね。昔ね」
「なぁんだ。まさに、そっちの人じゃないですか」
「だから、昔の話ね。バブルのころよ」
「そうかぁ。だったら、まさに、こういうお悩みはよく聞く話なわけですよね」
「だから、コスモスに相談にやってくる子も多いんだって」
「で、どう思います? 具体的に、この相談……」
私がそう聞くと、天空は小さくうなずきました。
「うん、そうね……この人は、自分をかわいいとか魅力的とかって思ってなくて、それでも先月の売り上げがトップになったわけだよね。しかも、こういう世界の仕事がきらいじゃない、と」
「そうですね」
「ってことはさ、基本的に、気配りっていうか気づかいができる人なんだよ。客のグラスが空いたとか、どれくらい飲んだとか、会話の内容でもいろんなことがわかっちゃうんだと思うよ……」
「なるほど」
「ちゃんと目配りができて、客の話もしっかりとおもしろがれる。いまの仕事が合ってるんだと思うなぁ」
天空は、しみじみというわけでもなく、当たり前のように言ったのです。
「でも、同僚は、こんな仕事を長く続けるもんじゃないって言うんだろ……きっと、すけべなオヤジに辟易してるタイプ」
「基本的なところが違うってことですね」
「そうなんだよね。かわい子ちゃんで勝負してる子は、客のそういう視線にさらされてるから、そこで腹をくくって頑張らないといけないし、この相談してきた子は、ちょっと違うタイプで……」
と、天空はそこで言葉を切って、それから、ゆっくりとビールを飲んだのです。
「わかりやすく言うとさ、いずれママになるんだよね、こういう子が」
「ほお」
天空のひとことが私にはなぜか、すごく腑に落ちてしまったのです。
「プレイヤーっていうより、マネージャーですね」
「そういうことだね」
それもまた魅力だろ?
「いろんなところが麻痺して、いやなことも楽しいと思えてるだけかもしれません、って、この人、言ってますけど」
私はスマホの画面に目をやりつつ、天空に聞いてみました。
「ほんとに麻痺してるのかな? 意外に、いまの仕事になにかしらの魅力を感じてるってことじゃない?」
「かもしれません」
「他人から見ればさ、よくそんなことやってるねってことでも、本人は嬉々として夢中でやってるってこと、あるじゃない?」
「ありますね。ずっと電卓に向かってるとか……」
「はは、松尾さんはそれが苦手なんだ?」
「かもしれません。同じことをずっと繰り返すっていうのが、苦手かも」
「でも、人前でぺらぺらしゃべるのが苦手な人もいるよ」
「いるでしょうね」
天空の皮肉はスルーして、私はスマホを見つつ、小さくうなずいておきました。
「だからさ、この人にとっては、いまの仕事が魅力なんだよ。いいと思うよ。好きなことをどんどんやっていけばいい」
「…………」
「そのうえでさ、きっと、そういう彼女がまた魅力的なんだな。だから、売り上げもあがるってことで、いいことずくめってことだ。だから、ぜひ、続けてほしいね」
うん、と、深くうなずきながら、私は天空の顔を見つめました。
「ってことで、そういう世界を勉強しに行きましょう。連れてってくださいよ、天空さん」
私が頭をさげると、天空は軽く笑って「行こう」と言いました。
「たまには、飲まないとね」
と、天空が言います。
「いや、飲んでないところを見たことがないですけど」
私は笑いながら、自分の笑顔がすごくはじけていることを自覚していました。コスモスエネルギーもたまには悪くない、と、本気で思っているちょっぴり情けない私がそこにいるのでした。