大林組とJAXAが月・火星基地を「地産地消」で建設
大林組が1990年に発表した火星居住計画構想のイメージイラスト。21世紀中にはこのような基地が火星にいくつか建設されるのではないだろうか。イラスト提供:大林組
人類が本格的に宇宙に進出し、地球外に最初の基地が建設されるとしたら、それは月となる。早ければ2020年代に小規模ながら基地が建設される計画もあり、そこから発展していくことだろう。そして、月の次に人類が進出すると考えられているのが火星だ。現在は無人機による探査が活発なだけでなく、米国などによる有人探査計画が進められている。さらには、恒久的な基地を建設して移住(植民)を行うプロジェクトもあり、人類の第2の故郷となる可能性を説く科学者も多い。
しかし、月も火星も地球とは大きく異なる環境のため、基地や都市を建設するのに既存技術の転用がしづらいことが課題のひとつとなっている。地球で建設資材をあらかじめ作ってから輸送する方法も考えられるが、莫大なコストがかかるので現実的には厳しい。地球は重力が強いため、大量の物資を運び出すには向いていないのだ。
そこで大手建設業の大林組がJAXA(国立研究開発法人 宇宙航空開発研究機構)と共同で、現地で調達可能な原料で建設資材を製造する方法の研究を開始。9月12日に、その成果となる月と火星の双方における製造方法を発表した。
大林組の月・火星基地建設の研究は1990年代から
大林組は1990年代から月・火星基地の建設に必要な資材を、現地で調達可能な資源から製造する方法を研究してきた。建設資材としてのブロックを、マイクロ波加熱による焼結物として製造する方法や、「コールドプレス」と呼ばれる方法を用いた圧縮固化物として製造する方法を開発してきた。しかし、それぞれの環境や構造物の用途に適した製造方法を確立するには、加熱焼結温度を細やかに制御することや、真空に近い状態でコールドプレスすることによる材料強度への影響を明らかにする必要があったのである。
そこで大林組は、科学技術振興機構の支援を受けて2015年4月にJAXAが中心となって結成した「宇宙探査イノベーションハブ」に参加。宇宙探査イノベーションハブとは、さまざまな異分野の人材・知識を集め、これまでにない新しい体制や取り組みでJAXA全体に研究の展開や定着を目指すために結成された組織だ。そこで大林組は研究テーマとして提案し、JAXAとの共同研究となった。
JAXAは、大林組に対して月の表土「レゴリス」を模した模擬表土などを提供。大林組はそれ用いて、試験用ブロックを製造した。そして電子顕微鏡で表面観察や圧縮試験による強度確認を行い、基地建設に適用可能であることを確認したのである。
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月と火星それぞれの製造方法について!
月では水のない状況で建設資材を製造
地球上で、ビルなどの大型の建造物に利用されるのは、コンクリートだ。しかし、コンクリートには水が必要だ。月にも、極地のクレーターの永久陰(太陽光がまったく当たらないエリア)には、彗星が運んだと考えられている水が氷として大量に存在していることは確認されている。しかし、地球上のように利用しやすい環境ではない。そのため、月ではコンクリートではなく、水を利用しない製造方法を考案する必要があった。
そこで、マイクロ波で加熱して焼結物を製造する方法だ。今回は、月の模擬表土にマイクロ波を約1時間半照射して1100℃程度の高熱で加熱。その結果、普通のレンガ相当の強度を持つ焼結物として、直径6cm×高さ4cm程度のブロックを製造することに成功したのである。内部に空隙(くうげき)があり地球上での使用は強度的に難しいが、月表面の重力は地球の約6分の1であることから、居住施設の建設資材や放射線遮蔽材などに利用できると考えられている。
そしてさらに1100℃以上で約5時間加熱した場合、土の粒子が完全に溶けてコンクリート相当の強度を持つ、内部に空隙を持たない溶融物となることも確認された。こちらは焼結物ブロックよりも強度が求められる、ロケット発着場の基盤や道路などに使用することが想定されている。
このマイクロ波加熱では、さまざまな構造物に必要とされる強度や性質に合わせ、加熱エネルギーが最小となるように使い分けられることも優れた点だ。また大林組広報によると、より確実に溶融させるために約5時間と設定したそうで、実際にはそれほどかからず溶融ブロックを作れるという。さらに、直径1.5cm×高さ2cm程度のブロックを製造する場合なら、「キルン」と呼ばれる器具を用いて加熱すると、わずか10~20分で焼結もしくは溶融することもも確認されたとした。
上段は左から月の模擬砂、マイクロ波加熱による焼結物、同じく溶融物。下段はそれらの電子顕微鏡写真。画像提供:大林組
火星では水や粘土を使えるのでコールドプレスを用いて製造
火星用の建設資材を製造するのに用いられる方法が、コールドプレスだ。コールドプレスは、砂などの原料に「ベントナイト」と呼ばれる粘土鉱物と水を混ぜ、熱を加えずに圧力を加えて固形物を製造する方法だ。コールドプレスでは、圧力を上げるほどブロックの強度が増加し、最大で普通のレンガ程度の強度を得られる。大林組によれば、火星表面の重力は地球に比べて約3分の1であることから、月同様にレンガ相当の強度があれば居住施設の建設資材や放射線遮蔽材などには十分だとする。
しかし、現在の火星表面は乾燥しきっており、地球上のように液体の水は存在しない。粘土は堆積物なので、水がなければできないはずだが、なぜ火星で採取できるのか。実は遥か太古の時代、火星には河川や湖沼、さらには大海までもがあった証拠が発見されており、その時代に粘土などもできたのである。
現在でも、地下に氷の形で水は存在すると推測されている。また、以前から液体の水が流れ出たばかりの画像なども撮影されており、その存在が示唆されてきたが、2018年7月には欧州宇宙機関の探査機「マーズ・エクスプレス」が液体の水がある証拠を発見したと発表。月よりも液体の水を得やすいことは間違いなさそうだ。
さらに、火星は地球と比べて約100分の1程度の大気が存在するが、このこともプラスに作用し、ブロックの強度は地球上で製造するより1割程度増すという。こうしたことから、コールドプレスは火星環境に適した製造方法であると、大林組は考えている。
コールドプレスで製造された建設ブロック。
今後の展開と地球上での応用
今後、大林組では今回開発された地産地消型の建設資材の製造方法を応用し、ブロックの大型化や品質の安定を図り、実用化に向けた改良を進めていくという。地震(月震、火星震)に対する強度や、放射線の遮蔽効果も、今後確認し、より改良していくとしている。
それに加え、今回開発された製造方法は、適切な建設資材を得られない地球上の地域においても、応用が可能とする。建設資材の地産地消化は、もちろん地球上でも応用されていく模様だ。