2023年01月18日 06:00 掲載

交通安全・防災 バイクに乗ると、視線は路面中心になる?|長山先生の「危険予知」よもやま話 第13回


話・長山泰久(大阪大学名誉教授)

危険を好む若者の特性が無謀事故に?

長山先生:小さい頃から身に付いていたかもしれません。ただ、今の時代でもそうかと思いますが、少年期や青年期には、男はあえて危険な行動や無茶をすることを良しとする傾向があって、「危険なことをするのが男だ」とか「怖がり屋はダメ人間だ」などという考えが支配していたように思います。

編集部:たしかにそうですね。実際は怖くてやりたくないものでも、「怖い」とか「できない」と言ってしまうと、男として認められない空気がありました。まるで通過儀礼のように、危険を冒すことができて、初めて男として認められるような風潮がありましたね。

長山先生:「いじめ」の中にも危険な行動を強いることがありましたね。私の小学校は山の上にあり、通学路が3本ありました。昔は集団登校のような制度はなく、各自ばらばらに学校に通いましたが、ある通学路ではボスを中心に通学する仲間が集まり、その集団がクラスの中でも勢力を作っていました。

編集部:そのボスがいじめを行っていたのですね?

長山先生:そうです。体の大きいA君がボスで、その他の子供達は手下になって、いろいろ彼に言われて従わされていたようです。なかでもO君はいじめられる代表でした。

編集部:体が小さい弱々しい子供だったのでしょうか、O君は?

長山先生:体は小さいほうでしたが運動神経は抜群で、皆が羨むほどでした。たぶんA君にはそれが気に入らなかったのでしょう。学校から下っていく途中、道路から2mくらい高くなった部分に墓場があったのですが、O君はA君に墓場から道路に飛び降りろと命じられ、何回もやらされていたようです。運動神経抜群のO君だから何とかなったのでしょうが、他の子供だったら大けがをしていたのではないでしょうか。

編集部:けがをしなかったからよかったものの、酷いいじめですね。

長山先生:そうですね。いじめの中にはこのような「危険なことでもやってみろ!」「そんなこともできないのか!」と、弱い立場の子供に強要することがあります。先ほども話したように、私の少年期・青年期には「危険なことをするのが男だ」などという考えが支配していて、若者の心の中には結果がどうなるかも考えず、無茶をすることを良しとする傾向があるのではないでしょうか。それは今でもあって、若者の無謀な交通事故の原因の背景になっているのではないかと考えます。

編集部:たしかに「どこそこの道路で何キロ出した」とか「ブレーキを踏まずにカーブを曲がった」とか、怖さを克服した話を武勇伝のようにする傾向もありますから、それが行き過ぎて事故が起きるのは容易に想像できますね。今回の問題は男性の利用者の多いバイクでしたが、状況的に無謀運転とは関係ないですね。

長山先生:無謀運転とは違いますが、今回のように自分が走る車線が空いていると、つい緊張感が緩んでしまう危険性はありますね。

編集部:そうですね。なまじ隣の車線が混んでいて多くの車が停止しているので、それを尻目に気持ちよく走ってしまうような気がします。

長山先生:まさにそのとおりで、自分だけスイスイと進行できる場合には快感や優越感が生まれます。緊張感は緩んでしまうので、「安全?危険?」を考える気持ちは生じず、横から車が出てくる危険性などは想像もつかないでしょう。

編集部:たしかにそうですね。今回は信号が赤でしたが、右折矢印信号が出ているタイミングなら、そのまま速度を上げて曲がってしまうでしょう。

長山先生:そうでしょうね。右折矢印信号が出ている間は対向直進車や対向バイク、横断歩道を渡る歩行者に注意する必要がないので、ドライバーは安心して曲がってしまいます。しかし、思わぬ"落とし穴"があるのです。

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