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道路・交通最終更新日:2019.06.12 公開日:2019.06.12

ゲリラ豪雨の予測サービスの今に迫る【ゲリラ豪雨について調べてみた(2)】

「いつ・どこでゲリラ豪雨がふるか」を予測するのは、原稿の気象庁のシステムでは難しいという。しかし、国家的イベントである東京五輪を控え、内閣府主導のオールジャパン体制で、ゲリラ豪雨の情報配信システムの開発が進んでいる。一方、民間の気象予報事業者のウェザーニューズ社はすでにゲリラ豪雨用のサービスを毎夏提供している。ゲリラ豪雨の予測の現状について紹介する。

梅雨が終わっても、夏はゲリラ豪雨が発生する回数が増える本番の時期。傘が意味をなさないような土砂降りには誰もが遭遇したくないところ。現状、予測技術はどこまで来ているのか?

 気象用語として正式には「局地的大雨」と呼ばれるゲリラ豪雨が近年、問題となっている。ゲリラ豪雨は、数10分の間に数10mmという大雨を20~30km四方という狭い範囲に降らし、人的・物的な被害を全国各地でもたらしている。ゲリラ豪雨がいつ・どこに降るのか事前情報がほしいところだが、気象庁のシステムではまだ「おおまかな」予測しかできないという。詳細に予測するのは不可能なのだろうか?

国もゲリラ豪雨を対策すべき災害として認識

 内閣府では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの活用も視野に入れ、ゲリラ豪雨に対する研究開発プログラムを立ち上げた。2014年4月から2019年3月まで5年間にわたって約23億円をかけて行われた、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の「レジリエントな防災・減災機能の強化」だ。同プログラムでは7つの課題が設定され、そのうちのひとつが「豪雨・竜巻予測技術」だった。

SIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」の実施体制図。予測、予防、対応の3つのテーマを設け、それぞれに合計7たつの課題が設定された。「豪雨・竜巻予測技術」は、予測テーマの中の2つ目の課題である。内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)ホームページより。

 SIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」は、産学官の連携による災害情報システムを実現することがゴールだ。プログラムディレクターは、東京大学地震研究所内の巨大地震津波災害予測研究センターにおいてセンター長を努める堀宗朗教授。ゲリラ豪雨も含めた防災・減災機能を強化するための複数の研究が行われた。

「豪雨・竜巻予測技術」のコンセプト。内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)ホームページより。

従来よりも高精細かつ高速に観測可能な気象レーダーとは?

 「豪雨・竜巻予測技術の研究開発」において掲げられたのが、ゲリラ豪雨を降らす積乱雲の発達状況を観測できる高性能レーダーの開発だった。

フェーズドアレイ気象レーダーがとらえた3次元降水分布の例(京都府南部)。

 積乱雲の発達を観測するのに適しているレーダーとして、雨雲の3次元構造を短時間で観測することが可能な「フェーズドアレイ気象レーダー」(PA気象レーダー)がある(※1)。その一方で、雨量の観測精度という点では、空間分解能250m・時間分解能1分という性能を有する「Xバンドマルチパラメータレーダー」(XバンドMP気象レーダー)の方が優れている(※2)。

 つまり、このふたつをかけ合わせたレーダーを開発できれば、雨量の観測精度が高く、それでいて高速に積乱雲の構造を3次元観測できる、ゲリラ豪雨の予測に適したレーダーが完成することになるのである。

MP気象レーダーとPA気象レーダーの長所を併せ持ったレーダーが「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー」。

※1 フェーズドアレイ気象レーダー:多数のアンテナ素子を配列し、それぞれの素子における送信および受信電波の位相を制御することで、電子的にビーム方向を変えることが可能なレーダー。2012年に、国立研究開発法人情報通信研究機構、大阪大学、東芝が日本で初めて開発に成功した。30秒以内に半径60km以内の雨雲の3次元構造を観測できる性能がある。現在は大阪、神戸、沖縄、つくばなど5か所に設置され、試験運用中だ。

※2 Xバンドマルチパラメータ気象レーダー:9GHz帯、波長約3cmの周波数帯「Xバンド」を用いた、水平偏波と垂直偏波を同時に送受信するマルチパラメータ(二重偏波)観測が可能なレーダーのこと。国土交通省などにより全国で配備が進んでいる。水平偏波とは大地に対して水平に電波を送信する方式のことで、垂直偏波は大地に対して垂直に送信する方式のこと。

オールジャパン体制で開発された「MP-PAWR」の実力は?

 同SIPの中で、国立研究開発法人情報通信研究機構・電磁波研究所の高橋暢宏統括を中心に、首都大学東京、東芝インフラシステムズ社、名古屋大学、埼玉大学というオールジャパン体制で新型レーダーの開発をスタート。そして2017年11月29日に、「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー」(MP-PAWR:エムピーパー)が完成した(※3)。

 MP-PAWRは、積乱雲の3次元構造を30秒という高速でとらえられるPA気象レーダーの1種でいながら、MP気象レーダーと同等の雨量の観測精度も持つ。これらの機能を兼ね備えた実用的な気象レーダーは世界初。埼玉大学の建設工学科3号館で稼働を開始した。

埼玉大学の建設工学科3号館の屋上に設置中のMP-PAWR。(左上)アンテナのアップ。(中央)アンテナにレドームを被せているところ。

※3 マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダー:大地に対して電波を平行に送受信する「水平偏波」と、垂直に送受信する「垂直偏波」の2種類を扱えるマルチパラメータ(二重偏波)機能を有する2次元配列化した「偏波共用パッチアンテナ」が採用されている。そして10方向以上を同時に観測可能な「デジタル・ビーム・フォーミング」のリアルタイム処理機能も搭載。そして仰角方向の電子走査と、方位方向の機械回転を組み合わせたことで、これまでは5分以上かかっていた積乱雲の3次元構造を30秒という短時間で観測することが可能となった。

最大30分前にゲリラ豪雨の直前予測情報がメールで!

 2018年7月19日からスタートしたのが、MP-PAWRを用いたサービスの実証実験だ。最大30分前にゲリラ豪雨の「豪雨直前予測情報」をEメールで配信するという内容である。埼玉大学から半径約50km以内という首都圏を予測範囲とし、2000人のモニターがメールアドレスを登録してその有効性を確認しているところである。

 この実証実験のために開発された降雨予測手法が、上空の雨量の変化も組み込む「VIL(鉛直積算雨水量)ナウキャスト」だ。従来の「ナウキャスト」では地上・海面付近の観測データしか活用していないため、雨が降り始めない限り予測につながらないという弱点があった。降雨の始まる時期や、積乱雲の急発達時の予測が遅れてしまっていたのである。

 それがMP-PAWRにより、30秒という高速で雨量の高精度観測と同時に積乱雲全体の3次元観測が可能になったことで、より早く精度の高い予測が可能になった。従来は観測だけでも5分以上要していたのに対し、今回は1分ごとに予測情報の配信ができるほどになったのである。

MP-PAWRの開発チームとは異なる、国立研究開発法人防災科学技術研究所と一般社団法人日本気象協会によって「豪雨予測直前情報」実証実験は実施された。画像提供:防災科学技術研究所

「豪雨直前予測情報」のアンケート結果と今後の予定

「豪雨直前予測情報」を登録したモニターによるアンケートとヒアリングの結果、「役に立った」が63%、「いくらか役に立った」が29%だった。合計92%が有用という評価だったという。利用方法は、洗濯、通勤・通学などの日常生活と、身の回りの注意などの防災の両面に渡っていたとする。また自治体の防災担当者からは、住民からの浸水などの通報よりも早く状況把握ができる点で役に立ったというコメントを得たそうだ。

 今回の「豪雨直前予測情報」を実施した防災科学技術研究所によれば、気象会社などでの正式なサービス開始日は、現時点では未定としている。MP-PAWRの無線局免許の種別や、サービスを実施する気象会社の採算など、まだ課題があるという。そして2019年は、特定向けの実証実験とアプリ開発の検討が予定されている。

SIPでは東京五輪での活用も視野に

 またSIPでは、MP-PAWRを用いたゲリラ豪雨の早期予測、浸水予測、強風予測の情報提供を行うことで、東京五輪の運営に役立てることをひとつの大きな目標としている。具体的には、屋外競技の開始・中断・継続などを判断する際の材料として活用したり、豪雨到来前に観客をスムーズに誘導できるようにしたりすることだ。

 東京五輪以外での活用も、もちろん考えられている。自治体に対しては浸水の危険性がある場所を事前把握することにより、余裕を持って水防活動や住民への避難指示を行えるようになるという。日常生活においては、豪雨を避けて洗濯物の取り込みができるといったことも挙げている。

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続いてはウェザーニューズ社が提供中のサービスを紹介

約1時間前に90%の予測精度を誇るウェザーニューズ社の「ゲリラ雷雨アラーム」とは?

 2008年にゲリラ豪雨の言葉を広めたことが知られている、民間の気象予報事業者であるウェザーニューズ社。同社のiOS用・Android用無料スマホアプリ「ウェザーニュース」では、毎年7月上旬から9月下旬まで、プッシュ通知機能「ゲリラ雷雨アラーム」を提供している。2019年も同じスケジュールで稼働する予定だ。

 同機能ではゲリラ豪雨を90%の確率で予測し、全国平均で59分前までに通知することができているという。ちなみに同社では、ゲリラ豪雨に加えて雷も扱うことから、「ゲリラ雷雨」という言葉を使用している。

(左)「ゲリラ雷雨アラーム」のプッシュ通知画面の一例。(右)ゲリラ豪雨が発生する可能性の高いエリアがわかる「ゲリラ雷雨危険度マップ」。ウェザーニューズ社プレスリリース(2018年8月2日配信)より。

 「ゲリラ雷雨アラーム」を支える要素のひとつのが、突発的・局地的に発生する積乱雲を監視できる高頻度気象レーダー「WITHレーダー」の存在だ。同レーダーは同社が2009年から設置を進めており、現在では全国80か所に設置されている。従来の雨雲レーダーではとらえることのできない、上空2000m以下の対流圏下層の気象現象を観測でき、まだ発達段階にある小さな積乱雲も観測することが可能だ。しかも、半径50kmの範囲を150mメッシュという高分解能と6秒間隔という高頻度を特徴とする。これにより、雨雲の移動速度、移動の仕方(移動方式)、雨の強さなどを詳細に観測できるのである。

 また、独自開発されたAIも重要だ。高解像度で降水分布を解析・予測する短時間予報解析モデルを2018年2月に導入。地形効果による雲の発達や衰弱や雨の移動速度といった、従来は難しかった変化の予測も機械学習によって実用化したという。

従来の雨雲レーダーとWITHレーダーの比較。「積乱雲の卵」が発生し、まだ発達段階のうちから観測できるのがWITHレーダーの強みだ。ウェザーニューズ社プレスリリース(2018年8月2日配信)より。

人の目も有効活用! 全国のゲリラ雷雨防衛隊員が活躍

 さらに、重要なのは最新技術だけではない。2008年の神戸市での都賀川水難事故をきっかけとして、ゲリラ豪雨での被害を少しでも減らしたいという想いから同社が立ち上げたのが「ゲリラ雷雨防衛隊」だ。毎夏に隊員の募集が行われ、隊員はゲリラ雷雨の前兆をとらえたら報告リポートを防衛隊本部に入れ、それをもとにゲリラ豪雨の前兆をいち早くとらえて予報に活かしているのだ。具体的には、以下の4ステップで行われている。

(1)発生の可能性があるエリアの隊員に同社内の防衛隊本部から雲の監視を依頼する”指令”が発令
(2)”指令”を受けた隊員は雲を監視し、怪しい雲を発見次第、リポートを本部に送信
(3)本部では隊員からのリポートを分析し、WITHレーダーや衛星画像など、各種気象観測データと独自のアルゴリズムを組み合わせて解析
(4)本部がゲリラ豪雨発生の可能性が高まったと判断した場合、「ゲリラ雷雨アラーム」登録者に対してゲリラ豪雨発生を通達

 WITHレーダーやAIだけでは、ゲリラ豪雨を降らす積乱雲が発生する場所や時間は大まかな予想しかできない。「あと1時間以内に東京都新宿区で発生する」といった5~10km単位で1時間後の予測を行うには、急発達する積乱雲をリアルタイムかつ詳細に把握する必要がある。それが、人の目を通すことができれば、「積乱雲の卵」の段階の雲からとらえることができるため、同社では「非常に有効な手段」として隊員を毎年募集、人材活用しているのだ。人的ネットワークを活用した、独創的な仕組みといえるだろう。

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