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ライフスタイル最終更新日:2017.05.12 公開日:2017.05.12

第7回 花の町に甘く香る梅の花 ●香雪(こうせつ)

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水戸と聞いて、誰もがまず頭に浮かぶのが梅でしょう。偕楽園の梅、知られたお菓子の梅、それに加えて、昔からドラマで有名な、助さん格さんを従えた水戸光圀公のイメージでしょうか。
もし水戸城が残っていたら、そこにも梅がたくさん植えられていたのか? とにかく、水戸は梅の香が漂う町と想像します。
たくさんあるお菓子屋さんの中でも「鉢の木」は、先代が60年ほど前に開いたお店。創業者の荒井仁さんは、水戸出身で東京の大学に行ったものの、卒業後はもともと好きだった料理やお菓子の修業を続けたそうです。
「鉢の木」と聞くと、東京出身の私にとってはなじみの和菓子の名店ですが、先代の最後の修業先がその鉢の木で、店名に使うことを許されたと聞くと、独立するにあたって菓子作りの腕を認められたことがわかります。
水戸の鉢の木のお店は、千波湖の北側、さらに北に入ると水戸芸術館があるという立地です。どなたでもどうぞ、という感じの開放された店先に、お菓子の名前が書かれた札がたくさん下がり、棚に箱が並ぶという、何やら期待感が高まる賑やかさ。これは、先代の修業先の昔の風景にも似ているようです。さて、お菓子を見ていくと…..。私が訪ねたのは春先の梅も終わりの頃。和菓子が華やかな色合いになっていく時期でしたが、ここにはそんな気配もなく、茶色いお菓子が並んでいます。

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鉢の木の看板商品は、まず「梅吹雪」と名付けられた最中です。梅の花をかたどった大小の最中のあんは4種類。大きいサイズはこしあんと栗あん。小さい方はつぶあん2種類で、大納言と白手亡(いんげん)。最中の皮はこんがりと焼かれ、栗あんだけは真っ白な姿をしています。

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最中をいつ食べるか?については好みが分かれるところですが、たとえばどら焼きもデパートの催事などで焼きたてを売るのを見かけることがあるし、焼きたて、出来たてが好きな日本人にとっては、魅力的にも感じます。最中の皮とあんが別々にしてあって、食べる時に自分で挟むアイデアなどもいかにも日本人的。ぱりっとした皮の美味しさは新鮮です。
その一方、時間をおいて皮とあんとが一体となった最中の美味しさも捨てがたいもの。本来の食べごろといいますか、挟みたては最近の傾向で、実はしっとりと落ち着いた状態は最中本来の食べごろでしょう。
好みで選べばいいことなので、こだわる必要はないかもしれませんが、そもそも原材料の種類が少なく単純なのが和菓子ですから、そんなあんこの甘さや風味を引き立て、あんこを和菓子に完成させる皮の役割を考えると、やはりしっとりと馴染んでいてほしい気がします。
それを2代目ご主人・関貴之さんに質問すると、先代は夕方に皮で挟んで翌日食べるのが美味しいと言っていたそう。確かに、あんの湿気が皮に移って一体となるには時間が必要です。ちなみに、挟んでから3~5時間くらいでは、歯切れが悪いわりにしっとりとはしていないという、中途半端な状態だそう。最中の食べごろなどあまり考えないかもしれませんが、丁度いい頃合いというのは確かにありそうです。
 鉢の木の「あん」は、控えめな甘さではなく、かといって甘すぎずのピンポイントで計算して定めた、甘さと風味のような気がします。これは、鉢の木のお菓子全体を見渡すと納得できることで、あれもこれもと和菓子の種類を網羅していれば多少は違うのかもしれませんが、そうでないだけに「決めの一手」が不可欠なのかもしれません。
お菓子の難しいところは、「決めていること」があからさまにわかると少々いやらしく感じ、どんなに洗練された姿形をしていても野暮ったい。つまりは、作り手の意図するところをどう感じさせるかに尽きる、というわけで、それは最中一つとっても同じことです。素人目には、個性を出しにくいように感じるあまりにおなじみの和菓子は、尖ったところ、変わった組み合わせなどではなく、自然と食べきって満足する「美味しい」という一言に集約しているのが最上なのではないかと、この梅形の最中を食べながら感じました。
極めて単純で原点でもある素直な「美味しい」は、けっこう難しいことなのです。
ご主人は、すでに亡くなった先代の作っていたお菓子を何とか作り続けることで精一杯、とおっしゃいます。忠実に、また誠実に作り続けているからこそのお菓子の佇まいだと感じました。

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素朴さと品の良さを併せ持つ「香雪」

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今回、本誌(「JAF Mate」2017年6月号)で取り上げた「香雪」は、実は凛とした最中に続く、少しカジュアルと言えるお菓子です。とても口溶けのいい黄身あんが卵入りの生地に包まれ、オーブンで香ばしく焼き上げられています。いわゆるカステラ饅頭なのですが、誰にでも好かれる素朴さを持ったお菓子で、カステラと付くだけあって長崎など西の方から広がったお菓子なのかもしれません。今や完全に和菓子とみなされていますが、実は和洋折衷菓子の元祖?と言えるかもしれない、卵入りのリッチな材料です。和菓子の中でも、このような焼き菓子はよそ行きではなく、焼き上げて何も飾りがないせいかなかなかの素朴さです。この親しみやすいお饅頭を、緩やかな梅の形にしてあるだけで何とも言えない微笑ましさが生まれていると思います。聞けば、形をつける型は木型で、これがもし金型だったら似て非なるものになっていたのでは?と想像します。
簡素に見える鉢の木のお菓子のラインナップですが、包みを開けた時にふと微笑みを誘うような、あるいは期待感ににんまりしてしまいそうな雰囲気は、この香雪が一役買っていると思います。

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どのお菓子屋さんでも、受け継がれてきた意匠は興味深いものです。趣味のある主人が自らデザインしたり、後に世に出る画家が若い時に請け負って描いていたり、似た感じのパッケージが多い最近と違って、かえって目を引く大胆さがあったりするので、菓子箱や包装紙はとても面白いものです。
鉢の木の店名の元になった謡曲が書かれた白地に黒い文字の包装紙は、赤と黒の掛けひもで引き締まり、いざ開けてみると、和のような洋のような工芸風、民芸風でもある箱と掛け紙。派手ではないが主張はあり、強さもあり、中のお菓子のシンプルさも相まって、一般的な受けを考えたとは思えないところが興味深い姿です。

最中やお饅頭のほか、鉢の木のお菓子はどれもコンパクトな大きさで、まとまりがとても良く思えます。
かまぼこ形のお菓子は、抹茶と小豆の羊羹、ゆかりと桜のあん入りのしおがまは、どれも好みで詰合わせができ、収まりがとてもいいもの。
箱に収める、詰め合わせるということに、多分人並み以上に興味を持つ私としては、やや小ぶりの棹物のお菓子がいいボリュームで詰め合わされているのに感心してしまいます。これが和菓子の心地よさで、コンパクトで充実した贈り物をまた一つ見つけた気分になりました。
前述の梅吹雪最中は、ふだん使いのお土産なら、箱に素のままきっちりと詰合わせてもらえます。この「生菓子感」はなんとも良いもので、最中は、ハレとケの使い分けができるお菓子だということを思い出しました。

さて、最後にご紹介したいのが栗蒸し羊羹です。
9月から12月の間だけ販売する栗蒸し羊羹は、栗の産地である笠間産の栗を使った蒸し菓子。さすがに季節を代表する菓子だけあって一番人気だそうです。
梅で有名な水戸ですが、秋にも訪れる必要がありそうです。

●鉢の木
茨城県水戸市南町3-6-28 ℡029-221-5874
【営】9:30~18:30 【休】木曜

→次ページ:水戸から笠間、大洗海岸へ

水戸から笠間、大洗海岸へ

次は、水戸から遠足です。陶器の産地である笠間は、笠間稲荷神社、笠間日動美術館、陶芸美術館など、見所もたくさんあります。
窯元やギャラリーを回って器探しをするのもよし、笠間稲荷神社の門前で蒸し饅頭を食べたり、稲荷神社だけあっておいなりさんを売るお店も多いのも面白く、おやつには事欠かないところです。
笠間稲荷神社の周りを一周すると、地元の蔵元のお店があったり、しかも藁づとの水戸納豆やお味噌、お菓子なども買えますから、ついつい名物をあれこれと買ってしまいます。近くには老舗の味噌屋さんもあり、旅先で必ず買う味噌好きとしては見逃せません。
水戸線笠間駅を南に行くと、急にのどかな風景と別荘地のような落ち着いたエリアが現れます。その一角にあるのが「春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)」。笠間日動美術館の別館で、かつて北鎌倉にあった北大路魯山人邸を移築した建物です。
庭も素晴らしく、邸内は和と洋の個性的なミックススタイルで、かなり時間をかけて過ごしても飽きずにいられるような、魯山人のスタイルを体感できる場所です。自由に選び組み合わせることでいいのだ、と感じつつも、その難しさにも気づく、インテリアと生活スタイルの理想形のようにも思えます。

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次は大洗海岸へ。海岸近くには直売所があり、地元の野菜やら加工品、魚介類も豊富に並んでいます。特に魚は、時期の最後のあたりだったので特産の鮟鱇(あんこう)も。新鮮でキラキラかつ少々グロテスクな鮟鱇は、ユーモラスでもあり、茨城の海に来たなと実感します。
少し北上すると、岩場に鳥居が見えてきて、大勢の人たちが眺めながら散歩していました。海は大人を子どもに帰らせるなあ。
海風にあたりながらの散歩はいいものです。太平洋に面しているわけですから、ここの朝日は格別だそうです。
振り返ると、道を挟んで鳥居があり、長い階段の先は大洗磯前神社。眺めのいい高台の神社です。

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水戸といえば梅に黄門さま、鮟鱇、海水浴、そして納豆。水戸で買う納豆は、いわゆる納豆臭さがない別物のように感じるのは気のせいでしょうか?
さすがに種類も多く、作っているメーカーもたくさんあります。東京からさほど遠くはないのに、この不思議。どこでも地元に行かねばわからないことはたくさんあるということです。
水戸の最後は、茨城の名産品。全国一の生産量を誇るという干し芋です。これもまた驚きの美味しさで種類も多く、買って帰ったメーカーのものを取り寄せてしまうほど、日常のおやつにしたいものでした。
水戸や大洗などで見かけた干し芋は様々で、今は品種もたくさんありますから何やら楽しいことになっています。しかも、お土産として渡すと、誰もが大喜びという状態。干し芋、侮(あなど)れませんね。
大洗海岸に向かう時、関東平野の平らな地形を改めて感じたものです。豊かな作物は日当たりのいい平らな土地の畑から生まれるもの。
茨城は地味な土地の印象ですが、芋をはじめ、野菜や果物の一大生産地です。素材感に溢れた土地ということを再認識したのでした。

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写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。『食べ方帖』ほか著書多数。

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