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ライフスタイル最終更新日:2017.01.12 公開日:2017.01.12

第4回 諏訪の町の不思議なお菓子 ●塩羊羹

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諏訪という地名で思い浮かぶのは諏訪大社。諏訪湖の南に上社・前宮と本宮、北の下諏訪には下社・春宮と秋宮。4つの大社は不思議に満ちています。
下諏訪には不思議なお菓子もあります。秋宮近くに店舗を構える新鶴(しんつる)本店の「塩羊羹」です。
塩羊羹という名を知る人は多くても、どんなお菓子でどう作られているのかは広く知られていないかもしれません。渋い色合いと透明感が印象的な羊羹です。そして、食べて塩を忘れること。塩が完璧に小豆の脇役になっているからでしょう。甘みを強く感じさせるための塩とは違い、たとえば洋菓子でバニラがふと香るとか、上質なラムを生地に忍ばせるように加えるといった存在感は、甘さを補う目的とは思えないからです。
創業は明治の昔ですから、貴重な砂糖の甘みを生かすためもあったとしても、薄墨羊羹のような儚(はかな)い小豆色や塩の加減の品良く高度なバランスに、どうして思いついたのか時代を遡(さかのぼ)って聞いてみたくなります。
現在も薪(まき)の火で炊いているというこの羊羹、日持ちは一週間ほど(冬季)の生菓子です。諏訪を訪ねる目的にしてみてはいかがでしょう?

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最初新鶴本店に伺ったのは、昨年10月に入ってすぐの行楽日和の週末でした。下諏訪駅周辺から車で10分もかからないくらいの広い参道の先に、全国に知られた諏訪大社の秋宮があります。鳥居の左を見ると、すぐに新鶴本店の看板があり、数十m先に落ち着いた佇(たたず)まいのお店がすぐ目に入ります。
ちょうど店内はお客様でいっぱいだったので、少し遠巻きにしながら辺りをふらふら。諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社ですから、山を背にした広大な敷地にある立派な神社です。
参道はじめ、神社の周辺には土産物店が立ち並び……と想像すると、張り切って訪れた人には少々拍子抜けするくらいに、呼び込みも派手なのぼりもない、質実剛健といった感じの風景。
その落ち着きが、お菓子についても表面ばかりの名物などない、実直なものを期待できる町のような気がしました。

ふ~ん、なるほど落ち着いて地味な土地柄なのかもしれない、と起伏のある風景を見ながら戻ると、少し落ち着いた状態に戻っていました。
お店を入ると、右手は小上がりのような昔ながらの畳敷になっており、左手にはショーケース。
商品の主役は塩羊羹ですが、ケースの中が気になります。
粒ぞろいの生菓子が並んでいるとは、ちょっと予想と違っており、塩羊羹以外にも、少し大ぶりで楽しげ、しかも個人的には相当好みな、素朴でシンプルな佇まいのお菓子が並んでいるわけです。
毎日、約10種類くらい並ぶという生菓子。よく、使い勝手のいいレストランや、美味しいお菓子屋さんに行くと、こんなお店が近所にあったらね、という話になるのですが、まさに近所にあったら毎日のように立ち寄ってしまうでしょう。

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愛嬌のある生菓子

日持ちのしないやわらかいお菓子を、無事に持って帰るにはコツがあります。基本は箱に入れて包装してもらうこと。それをまた軽い袋に入れてくれても、そのまま手で持ったりしてはなりません。
あらかじめ、しっかりしたトートバッグを持参。箱が軽くても底の平らなバッグに必ず収めます。徒歩から、バス、タクシー、電車、自家用車まで皆同じ。条件は違うようですが、どの場合も一緒で、最大限動きにくい場所を確保するのが鉄則です。
さて、そうして持ち帰った生菓子ですが、まず箱を開けてにんまり。次に、たっぷりとした大きさに深く頷(うなず)きます。
“食べ手”が何人もいれば、どれにするかは大の大人でもジャンケンで決めたくなるような、楽しいお菓子の佇まいです。
和菓子はいろいろ知っているつもりでいましたが、わざわざお店に買いに来る人のため、という気持ちがここまでお菓子に現れているのはなかなか見たことはない気がします。
作りはシンプルで丁寧(ていねい)、朗らかな顔をしていて、しかもお値段が本当に買いやすい。ちょっとしたお持たせにしたら、喜ばない人などいるわけがない、お菓子の幸福感に満ちています。
塩羊羹もさることながら、この愛嬌のある生菓子にやられた、と思った秋晴れの午後でした。

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もちろん、名物塩羊羹もお土産に。大きさはいろいろとあって、買ってすぐに食べられるように、また小さなお土産として買って帰れるようにと、一切れをパックした小包装のものは最近作られたとか。
私は、羊羹やカステラ、軽羹(かるかん)、それに洋菓子ならパウンドケーキなどのいわゆる「棹物(さおもの)」は、塊(かたまり)から切り出して(できれば大勢で)食べるのが醍醐味、と思っているので、もし旅先で大きめに焼かれたり蒸されたりしたお菓子が欲しい場合は、帰ってからどうするのか? ちょうどよく集まって食べられるようにと計画することもあります。
それが難しい場合、少しずつお裾分けしたい場合には、小さな単位で買えるのも助かることではあるので、旅のお土産は、いつもあれこれと考えを巡らせながら決めます。

しっかりした紙袋に入った塩羊羹は、初めて食べる人にとっては予想外の色の淡さでしょう。
羊羹は少し厚めに切ったほうがよく味わえる気がしますが、この透明感だと、初めは普通の厚さに、次は薄く、と切り方を変えて食べてみたくなります。
そして、最低限で十分なこの包装は、一般的なイメージとは違う、塩羊羹を生菓子として売っているということに納得できる材料でもあると思います。
最近、食品に対して、長く持つことに安心しながらも、鮮度を求める「癖」がついていませんか?
1か月、2か月持てば安心だ、というだけでお菓子を選べないなと思うのです。特に和菓子は、単純な材料が基本ですから、日持ちさせる材料は主に砂糖で、糖度が高いほど保たれるわけです。
薄味でフレッシュ感があって、いつまで置いても大丈夫、というものがあったとすれば、それが何でどうできていて、包材は過剰でないのかなどなど、確認するべきことがたくさんあるはず。
そんなことも加味しながら、タイミングよくお土産を選び、帰ってから家でも楽しむのが、大人のお菓子の買い方だなと思うのですが、どうでしょう。
昔ながらの製法を保つのは大変なことです。
お菓子に現れるいろいろなこと、時間や手のかけ方や作り手の考え方、感覚、材料の特徴、気候風土などの背景まで、何かしら感じ取ることがあるとすると、地元のお菓子屋さんに足を運ぶことは、そこまで含めた面白さと言えます。

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→次ページ:諏訪地域を歩く

諏訪地域を歩く

早くお菓子にたどり着きたくても、さすがに素通りするわけにはいきませんから、行きがけに諏訪大社の下社秋宮にお参りしました。
思った以上に整然と整えられた境内は、この地域の大切な守り神であるということを感じさせます。
四方に建てられた御柱(おんばしら)は、強力なパワーを秘めた御神体でもあり、土地を守る結界のように見えます。
鳥居から先を見ると、広い道路が真っ直ぐに伸びる参道です。
一般的に神社は、高台に建てられていることが多いと思うのですが、この諏訪の土地は意外なほどに起伏に富んでいるかも。そんなふうに感じられます。

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今度は、新鶴本店の前を左折してぐるりと回って、温泉宿を眺めたり、小道に入ってみたりします。
甲州街道と中山道の交わる宿場町だった下諏訪は、もし100年、あるいは200年も前に訪れることができたら、一体どんな旅の形が見られたのでしょうか。歴史のある場所を旅すると、かつての時間の流れを知りたくなります。

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ここまでくると、春宮にも行ってみたくなります。歩きやすい日なら道の起伏を楽しみながらのんびりと歩いて行くのもよし、変化のある道は、ドライブもしやすい気がします。
秋宮から約2kmくらい離れたところにある下社春宮は、秋宮とも違った静けさがありました。
同じように御柱が配置され、脇の道を回って橋を渡ると、万治の石仏があります。何とも単純でユニークな姿は、17世紀にこの地にあった石から掘り出されたことすら忘れてしまいそうな、時代を超えた面白さがあります。
決まった言葉を唱えて石仏の周りを回ってお参りすると、いいことがあるそうですよ。
そういえば、新鶴本店で詰め合わせてもらった生菓子の中に、この石仏を形取った酒饅頭がありました。
橋まで戻って道を渡った先には、「おんばしら館 よいさ」がありますから、御柱祭についての全貌をここで見学するのもいいと思います。

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実はもう一か所、立ち寄ったところがあります。ぐるぐると散歩としている途中で見つけた、小さな古墳です。
下諏訪青塚古墳。住宅地の中にひっそりとある、小規模な前方後円墳なのですが、説明には、長い年月の間に旧状を変じているとあります。
昔は当然住宅地でなく、大きく開けた風景だったでしょう。
鳥居をくぐると突然石室が現れて、ちょっと驚きます。なんだか、不躾(ぶしつけ)に、静かな人の庭に入り込んでしまったような。
帰るとき、「お邪魔しました」と思わず呟(つぶや)きました。そういえば、古墳好きの友人が、諏訪地域にも結構な数の古墳があると言っていましたっけ。
宿場町からさらにずっと遡った時代の片鱗を垣間見るのも興味深い旅のコースです。
いろいろ見学した後は、塩羊羹を買って諏訪湖まで出て、湖を眺めながらお茶をするのも気持ちがいいでしょう。それは暖かくなってからの楽しみに取っておきましょう。

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塩羊羹をきっかけに、この諏訪地域に興味が湧いてきました。諏訪湖の南には上社・本宮と前宮があり、深い山を背にしたさらに素朴な佇まいです。
そして、大小の摂末社まで順に、スケールに合った御柱を建てるそうです。7年に一度、申と寅の年に行われるお祭りが軸になっている諏訪地域の暮らしをまた見に来たくなりました。

●新鶴本店 長野県諏訪郡下諏訪町3501 ℡0266・27・8620
【営】8:30~18:00 【休】水曜
塩羊羹一棹950円~。日持ち7日間(冬季)。地方発送可。

写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。『毎日を変える料理』ほか著書多数。

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