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クルマ最終更新日:2018.12.25 公開日:2018.12.25

ATは変速の必要一切なし。菰田潔のトランスミッション新常識

現在ATはとても進化している。もうドライバーが変速する必要がないほどだ。こと変速に関する限り、一昔前の常識は通用しない。それでもシフトレバーやパドルがついているのはなぜだろうか。モータージャーナリストの菰田潔氏が解説する。

菰田潔

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 20年ほど前のことです。氷上でのドライビングレッスンの準備のため、何人かのインストラクターとコース設営をしました。設営がひと通り終わり、出来上がったコースをどれぐらい速く走ることができるのか、インストラクターや地元の氷上整備業者らで勝負することになりました。インストラクターはウデ自慢の猛者たちです。一台一台スタートしてタイムを計測。みんな真剣に走りました。結果一番速かったのは、コースを整備する地元のおじちゃんでした。

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写真はイメージです

 インストラクターたちはウデに物を言わせてATのマニュアルモードを駆使してバシバシ変速して走ります。見た目には雪煙を立ち上げてすごく速く見えるのです。一方整備のおじちゃんは普通にATのDレンジでスーッと走りました。氷上は車の挙動がすぐに出るので、走るのが難しい環境です。だからこそ運転の技量の差が出るのですが、ATのマニュアルモードを適切に操ってこそ車は速くなると思っていた私は、このとき初めて「実はAT車のDレンジで走るのが最適なのでは?」と思い始めました。インストラクターのウデでもDレンジのままのATに負けたということは、一般のドライバーが中途半端な知識と技量で操作するよりも、車のコンピューターのほうが冷静で賢いのかもしれないと。

 そして車のトランスミッションはさらに進化しました。

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本当にATのほうが優秀なのか?

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 最近のATはドライバーがあえてシフトチェンジしなくてもよくなっています。ATのプログラムが非常に優秀で、アクセルペダルの踏み込み深さ、踏み込み速さをコンピュータで常に把握していて、適切なギアにしてくれます。ペダルの操作具合だけでなく、車速や勾配も相当精度高く見ている。だから、ほとんどマニュアルシフトしなくていいんです。サーキットを走るとか、ワインディングロードで軽快に走ろうといった場合にATのマニュアルモードを使います。それ以外ではあえてシフトレバーやパドルを操作するということはほとんどありません。

 かつてはMT車のほうが燃費が良いといわれていましたが、現在ではAT車のほうが燃費が良くなっています。燃費がいいというのは、機械にとって効率が良いということです。そして、MTよりもATのほうが速い。なぜか。まず、トランスミッションは8速ATとか10速ATなどギヤの数を増やす「多段化」が進んでいます。効率のいい最適なギアを選びやすくなっています。

昔のATと今のATは何が違う?

 そして、クラッチペダルのないATは、エンジンとギアの間にトルクコンバーターを介在させて動力をギアに伝えることで変速します。この「トルコン」には液体が入っていて、これがギアチェンジのショックを和らげるとともに、トルクを増幅させます。しかし一方で、トルコンはアクセルを踏み込んでも回転数は上がるのに加速しないという”滑り”感があります。かつては、こうした特性を持つトルコンが動力の伝達効率を悪くしていました。ところが現在は、トルコンを使うのは動力をつなぐほんの一瞬だけ。あとは動力とダイレクトにギアをつなげています。このダイレクトにつながっている状態をロックアップというのですが、このロックアップしている領域が、以前とは比べ物にならないぐらい増えています。走っている間、ほとんどロックアップしているといってもいいぐらいです。伝達効率もいいし、MTよりもはるかに速く加速でき、燃費も良くしています。

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もはやMT車に乗る理由はないのか?

もはやMT車に乗る理由はないのか?

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 このように、現在のATは効率が良いものがたくさんでてきました。こうしたことから現在では、ATをダメだとする根拠がほとんどなくなっているのです。もちろん従来からの、変速ショックが少なくスムーズという美点は、よりブラッシュアップされています。

 そんな訳で、クラッチペダルが付いている車は、ほとんど趣味の車になっています。ただ、ここまで書いておいてなんですが、私はMTが大好きです。自分で車を操っているという感覚が濃厚だからです。両手足を総動員して車を操らなければならない。シフトタイミングが自分でコントロールできるので、燃費よく走るのも、速く走るのも自分のさじ加減次第です。

 悲しいかな、MT車の運転はとても難しいと感じる方が増えてきました。でも、今のMT車はエンジンの作り方がうまくなってきたので、シフトの使い方が適切でなくても割とちゃんと走ってくれます。渋滞がつらそうという声もありますが、昔に比してずいぶん楽になっています。エンジンのトルクが増えてきているので、半クラッチだけで発進できる車が多くなりました。しかもそのクラッチペダルにしても、踏み込みがかなり軽くなっています。昔は、足がつりそうになるぐらいクラッチペダルが重い車がありましたが、今はそうした車は、知る限り見当たりません。ですから、MTにぜひ挑戦していただきたいと思うのです。車に対する理解と愛着がより深まります。

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変速できるようになっているのだから、ATだって変速したい!

変速できるようになっているのだから、ATだって変速したい!

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 先に、ATでドライバーは自分で変速する必要はないとお伝えしました。でも、シフトレバーのシフトゲートや、ハンドルについた「パドル」などがあり、車は手動で変速できるようになっているんですね。これは、「人は自分で変速したくなる生き物なんだ」とメーカーが考えているのではないでしょうか。どれだけATが優れていても、たとえ燃費が悪くなったり遅くなったりしても、かつそれが分かっていたとしても、自分で変速したい人は一定数いるのでしょう。それが証拠に世界中の車が、ドライバー自身で変速できるようになっているのです。このページの編集担当も、私が口を酸っぱくして変速が必要ないということを説明しても「意味がなくても変速しますよ。だって変速できるようになってるんだし、ちょっと楽しいし」などと言っています。

エンジンブレーキを効かせたいのだけど……

 変速が必要ないということを言うと、「長い下り坂でエンジンブレーキはどうするんだ?」と返されることがあります。ですが、現在のATは下り坂でゆるいブレーキをかけると、自動で1段下か2段下のギアに落とします。そしてそのギアをキープするのです。ブレーキを踏んでいるのにスピードダウンしないということは下り坂を走っているのだと車が判断するのです。上り坂も同様で、アクセルを開けているのに加速しないということは、上り坂を走っていると車が判断して自動で低いギアに変速してくれます。

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自分で変速する場面は本当にないのか?

自分で変速する場面は本当にないのか?

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 今までのATは、例えばカーブを走っていて、加速したいなと思ってもアクセルを踏みこんで初めて下のギアに入りました。ですが、最近のATはドライバーの先を読むプログラムになってきました。学習機能が発達して、ドライバーの運転スタイルを認識できるようになってきました。スポーティーな運転をするドライバーだと車が認識すれば、カーブの手前で減速して次の加速に備える、という制御も行うようになってきたのです。そして、エンジンとのマッチングもすごく良くなってきた。だからトランスミッションに関する限りドライバーはほとんどやることがない、ということなのです。

 それでも、山道などで何かの勾配の関係でシフトアップして、ちょっと加速したいのにスピードが落ちて、もう少し踏み足してシフトダウン、しばらく直線が続いてシフトアップしてまたすぐカーブが来てブレーキング、シフトダウンというようなことを繰り返して、一定スピードをキープしにくい場面がでてきます。そうした状況では、ドライバー自身が積極的に一段低いギアを選んで走るとよいでしょう。

これからトランスミッションはどうなる?

 ATは進化しましたが、パワートレインが多様化してEVになればもう変速という概念自体がなくなります。モーターはエンジンと異なり、力を出す領域が広いので、変速の必要自体がないからです。EVとエンジン車の中間に位置するのが今のHVやPHEVです。これらの車には、回生ブレーキの強さを選べる機能がある車種もあります。本当にエコドライブしようと思ったら、アクセルを戻したときに滑走するほうが、回生で電気を取り戻すよりも「電費」が良くなるケースもあります。ですが、加減速を頻繁に繰り返す都市部では、回生を強めにしたほうが電費が良くなります。渋滞や信号のない郊外や高速道路では回生を少なくしたほうが電費に有利です。

 こうした操作はシフトレバーやパドルなどで行うことが多いのですが、従来のシフトレバーやパドルが持っていた変速という役割から、回生ブレーキの強弱という役割へ変わって来ています。同時に、それに合わせて運転のセオリーも変わっていくことでしょう。

2018年12月20日(モータージャーナリスト 菰田潔)

関連リンク:菰田潔の「EVを考える」その1 今後本当にEV化が加速するのか。

菰田潔(こもだきよし):モータージャーナリスト。1950年生まれ。 タイヤテストドライバーなどを経て、1984年から現職。日本自動車ジャーナリスト協会会長 / 一般社団法人 日本自動車連盟(JAF)交通安全・環境委員会 委員 / 警察庁 運転免許課懇談会委員 /NPO法人 日本スマートドライバー機構 理事長/ 国土交通省 道路局環境安全課 検討会 委員 / BMW Driving Experienceチーフインストラクター / 運送会社など企業向けの実践的なエコドライブ講習、安全運転講習、教習所の教官の教育なども行う。

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